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2016年度夏合宿1日目

0700に上野駅に集合し、宇都宮線や東北本線で仙台へ向かった。1300頃に仙台に着き、班行動となった。

K藤班
T田班から分裂し、瑞鳳殿へ向かった。
瑞鳳殿は仙台藩祖伊達政宗の御廟であり、瑞鳳寺の中にあった。
昭和天皇即位記念と書かれた鐘や
熊出没の注意書きを見ながら中にはいると紫色のおじいちゃんがいた。この人は解説員だったらしく、解説してもらった。
瑞鳳寺は空襲で1度燃えて再建されたが階段は被害にあわず、当時のまま残っていた。足元を見ながら登ることで墓に挨拶することとなり、よいとされているらしい。
瑞鳳殿本体には天女が彫刻されており、足があり得ない形に曲がっていた。これは人間と区別し、特別な存在だということを表しているようだ。日本でもあまりみられない工夫らしい。
隣のお堂は殉死した家臣の墓だったが、許可なく殉死した人の分は用意されなかったため、実際の殉死者数とは異なるという。昔は殉死も許可制だったらしい。
側には戊辰戦争や西南戦争の戦没者慰霊碑もあった。
3代藩主伊達綱宗の門が移築された冠木門があった。
その後バスで仙台へ向かった。

T田班
班員が11人と多かったので、K藤班と分裂した。
るーぷる仙台で山の上にある仙台青葉城まで登り仙台城址公園を散策した。
本丸跡は基礎部分しか残っておらず、端から仙台市内を眺めた。山の方に巨大な観音様が見えた。
隣に宮城県護国神社があり、ここは「仙台版靖国神社」という感じだった。「超弩級戦艦大和の1/100模型」 という看板があった英霊記念館に行くと、常設展で戦争関連のものが、特別展で艦船の模型が展示されており、班員が熱心に観察していた。神社のあちこちにあった美しい憲法がどうたらという幕が張ってあった
資料館は班員の判断によりスルーし、売店でお土産などを購入した。牛たんサイダーやずんだサイダーを飲む者もいた。
仙台青年団が建てたクオリティの高い正宗胸像や門跡、魯迅碑、盧溝橋事件30周年記念植樹を見ながら下山した。
フィギュアスケート発祥の地と言われる五色沼や大手門を見、駅に向かおうとしたところ、脇道があったので歩いていくとなぜか東北大キャンパス内に入っていた。
1720仙台到着。

T班
ご飯を食べてから地下鉄で長町駅へ行き、そこから1.5㎞程歩いて地底の森ミュージアムへ。
展示されている針葉樹の湿地林は薬品で保存されていて、これ自体はよくあることだが、人間が焚き火をした跡も保存 されており、これは世界的に見ても珍しいという。発掘地は地下水が豊富で、溜まった水により跡が酸素に触れず 腐らなかったために残ったという。
元々は小学校を建設する予定だったが、工事中に発見してしまい、 34億円懸けてミュージアム建てたらしい。
解き明かされる2万年前という展示では旧石器時代のの環境が解説されていた。
地下鉄で国際センターへ行き、バスは使わずに走って仙台青葉城へ行ったが護国神社が閉まっていたために引き返した。巫女さんが賽銭箱を開けていた。
仙台市内を眺め、早歩きで下山した。櫓はモルタルらしく、大した魅力はなかった。
国際センター駅から隣へ。
仙台市が最近PRしている定禅寺通りという通りを歩いた。ジャズフェスや全面ガラス張りの仙台メディア帝国を眺めながら3㎞歩き、仙台駅に到着した。

H班
松島海岸から歩いて円通院へ。枯山水と庭があった。
瑞巌寺は工事中で外装は見れなかったが内装は綺麗だった。
途中でくらげやしらすなど、様々な味のアイスを食べた。
五大堂では、おばちゃんが「干支のレリーフが用いられている」といっていた。
屋台があったのでかきやほたてを食べて時間を潰したが、それでも余ったので松島博物館へ向かったが、入館時間を過ぎていたため入れなかった。
海岸を散策して仙台駅へ向かった。
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